アッカーマンステアリングの幾何 — なぜ内輪と外輪で舵角が違うのか
旋回するとき内輪と外輪は別の半径の円を描くので、必要な舵角も違います。式の成り立ち、4WSで舵角が半分になる理由、キングピンオフセットが舵角に効かない理由まで順に追います。
#平行に切ると曲がれない
4輪の車が旋回するとき、4つのタイヤはすべて同じ点(旋回中心)を中心とした円を描きます。 ここが出発点です。
内側のタイヤは小さい円、外側のタイヤは大きい円を描きます。円が違うということは、その点での 接線の向きも違います。タイヤは自分の向いている方向にしか転がりたくないので、内輪と外輪を同じ 角度に切ると、どちらか(あるいは両方)が横滑りします。
低速なら滑って済みますが、それはタイヤをこじって横力を発生させているだけです。摩擦を無駄に使い、 接地が不安定になり、旋回半径も設計値からずれます。ロボトレースのように摩擦をすべて加速に 使いたい競技では、この損失は無視できません。
#転がる条件を式にする
タイヤが滑らずに転がる条件は「タイヤの進行方向が、旋回中心からその接地点への半径に直交する」 ことです。これを座標で書きます。
旋回中心を原点として、あるタイヤの接地点が縦方向(車体前後方向)に x、横方向に y の位置に あるとします。半径ベクトルは (x, y)。これに直交する向きが進行方向なので、車体前後方向から 測った舵角 δ は次を満たします。
tanδ = x / y
あとは各輪の x と y を入れるだけです。
#2WS:後輪軸上に旋回中心がある
前輪だけを操舵する場合、後輪は舵を切らないので後輪の進行方向は車体前後方向のままです。 つまり後輪の半径は真横を向く、すなわち旋回中心は後輪軸の延長線上にあります。
前輪の接地点は後輪軸から縦にホイールベース L だけ離れています。横方向は、旋回半径 R に対して 外輪が R + Wk/2、内輪が R − Wk/2(Wk はキングピン間距離)。
外輪: tanδo = L / (R + Wk/2)
内輪: tanδi = L / (R − Wk/2)
分母が小さい内輪のほうが舵角が大きくなります。これが「内輪をより深く切る」という アッカーマンの要求です。
#4WS:旋回中心がホイールベース中央の真横に来る
前後を逆位相で操舵すると、幾何が対称になります。前輪が右に δ 切れているとき後輪は左に δ 切れているので、旋回中心はホイールベースのちょうど中央の真横に来ます。
すると各輪から旋回中心までの縦方向距離は L ではなく L/2 になります。
外輪: tanδo = (L/2) / (R + Wk/2)
内輪: tanδi = (L/2) / (R − Wk/2)
同じ旋回半径に対して、必要な舵角がほぼ半分になります。これが4WSの機構上の利点です。 リンクのロック角に余裕が生まれ、同じロック角ならより小さい旋回半径を回れます。
L=100mm、T=90mm、e=8mm(Wk=74mm)、R=150mm で比べるとこうなります。
| 外輪 δo | 内輪 δi | 内外輪差 | |
|---|---|---|---|
| 4WS | 14.97° | 23.87° | 8.90° |
| 2WS | 28.15° | 41.53° | 13.38° |
舵角が小さいだけでなく、機構が作らなければならない内外輪差も小さくなります。リンク設計が 楽になる方向です。
#キングピンオフセットは舵角を変えない
実機ではキングピン軸と接地点が横方向に e だけずれます(スクラブ半径)。舵を切ると接地点が キングピンのまわりを回るので、旋回中心から接地点までの距離が舵角によって変わります。
厳密に書くと、舵角 δ が両辺に出てくる陰関数になります。
外輪: tanδo = (Le + e·sinδo) / (R + Wk/2 + e·cosδo)
内輪: tanδi = (Le − e·sinδi) / (R − Wk/2 − e·cosδi)
一見、数値解が必要そうに見えます。ところが展開すると閉じた形になります。
tanδ·(X + e·cosδ) = Le + e·sinδ X = R + Wk/2 とおく
X·tanδ + e·sinδ = Le + e·sinδ tanδ·cosδ = sinδ より
X·tanδ = Le
∴ tanδ = Le / X
e の項が恒等的に消えます。幾何的に見ると理由がはっきりします。舵角が正しいとき、キングピンから 接地点へのオフセットベクトル (e·sinδ, e·cosδ) の向きは、旋回中心から見た半径方向とちょうど 一致します。接地点が半径方向に動くだけなら、そこを通る円の接線方向は変わりません。だから 必要な舵角も変わらないわけです。
つまりキングピンオフセットが効くのは舵角ではなく、次の2つだけです。
- 必要クリアランス — キングピン軸のまわりにタイヤが回るので、半径
√((e + タイヤ幅/2)² + (タイヤ径/2)²)の円筒内に干渉物を置けません - 据え切りトルク —
T1 = μ·N·√(e² + a²)なので、eが大きいほどサーボが重くなります
実装の検算にも使えます。e を変えても舵角が動かないことを確認すれば、この式を正しく 実装できているかがすぐわかります。逆に分子と分母で符号を取り違えると項が消えず、別の答えが 出ます。
#機構でどう近似するか
ここまでで「理想の舵角」がわかりました。ただし現実のリンク機構は、あらゆる旋回半径で理想値を 厳密に再現できるわけではありません。ステアリングアームの角度とリンク長を選ぶことで、 ある特定の旋回半径で理想値に一致させ、その周辺で誤差が小さくなるように設計します。
どの半径で合わせるかは競技によって変わります。ロボトレースなら、コース規程で円弧の最小曲率半径が 10cm と決まっているので、よく通る半径域を狙うのが合理的です。競技規程の数値は ロボトレース競技規程の要点にまとめています。
#この解説で無視していること
- タイヤの横剛性とスリップアングル。実際のタイヤは横力を出すために必ず滑ります。 理想舵角ぴったりでは設計した半径を回りません
- 荷重移動。旋回中は外輪に荷重が寄るので、内外輪のグリップは等しくありません
- キャンバー角、キャスター角、トー角の影響
- コンプライアンスステア。リンクやサスペンションのたわみによる舵角変化
つまりアッカーマン幾何は「滑らない理想状態での出発点」です。ここから実測でずれを詰めていく ための基準線として使うのが正しい使い方だと思っています。
計算ツールは準備中です。公開したらここからリンクします。
間違いや、もっと良い方法があればX(@AsachiMakes)まで教えてください。Guideの一覧へ戻る